column:なぜなにスクリプト

とりあえず同人サークルを想定してざっくりと私見
(色々と過不足あります)

■ “なぜ”スクリプトにこだわるの?

ノベル・ADV作品は、素材量や制作工程数の多さから、
完成までに非常に手間のかかるジャンルの作品です。

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特にトップダウン型でなくボトムアップ型の手法でシナリオ構築するライターさんと組んだ場合は、
作品の最後の最後まで必要素材数量を見積もることの出来ない難儀なジャンルといえます。

トップダウン型だとしても、各工程で発注を行える素材の種類は限られます。
仮に下記の執筆行程だとして発注内容を大ざっぱに考えてみましょう。

「企画」−「ストーリー」−「プロット」−「執筆」−「推敲」−「上梓」

「企画・ストーリー」終了の段階で出せるのは、
  主要人物のキャラデザ、主要人物の立ち絵(差分は基本表情のみ)、
  確実に必要となる背景と音楽、(あれば)主題歌
  基本システム仕様、特別なシステム仕様、インターフェイス
「プロット」終了の段階で出せるのは、
  イベントスチル、追加の表情差分、モブ立ち絵、追加の音楽、追加の背景
「執筆」終了の段階で出せるのは、
  追加の表情差分、カットイン、追加の音楽、追加の背景、
  効果音、演出スクリプト、シナリオを流し込んだシステムテスト、
  文章校正(※デバッグ作業と混同してはいけません)
  (あれば)プロモーションムービー
「推敲」終了の段階では、
  (あれば)ボイス   他は基本的に発注すべきではありませんが、必要な場合もあるかもしれません。

ボトムアップ型シナリオの場合は、並列的に素材作成を行っても、シナリオの変更によって
制作物がパァになってしまうことが頻繁にありますので、(信頼関係が無い限りは)
シナリオが脱稿に至るまで素材の発注は避けた方がよいでしょう。

※ 上記行程の「ストーリー」はアリストテレス詩学でいうミュートス、フォルマリズムでいうファーブラといった、抽出以前、テキスト化以前の物語全体。

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さて、このように行程が多く、完成まで数ヶ月から数年もの時間がかかるジャンルにおいて、
完成時、頒布時、そしてやはり感想を受け取った時の喜びは何事にも代え難いものです。

ところが実際頒布してみたところで、シナリオの評価ではなく、
「システムが酷すぎてプレーしてられない」という反応しかなかった場合はどうでしょう?
また、プレー環境の苦痛から開始5分で投げ出されてしまい、以降、
作品の存在を振り返られもしないというような状況も考えられます。
完成まで数ヶ月から数年もの時間をかけた結果がこうなってしまうのは悲しいものです。
そのため、実際のプレー時に最もユーザーさんの前面に来るシステムまわりを
最低限の範囲で整えておくことは重要ではないでしょうか?

プロの制作物に匹敵する美しいインターフェイスを用意し、システム仕様を用意し……
とやることは、ある程度まで可能ではありますが、一定以上の習得期間と情熱と手間を要します。
ですが、そこまでいかなくても、
最低限、読み進める上で苦痛ではない環境を整える段階までは
NScripterなどのノベルエンジンを利用している以上簡単に到達できます。

NScripterデフォルトの環境は流石に設計の古さを感じずにはいられませんが、
(相当向いていない方を除けば)たった1・2週間ほどスクリプトを習得する程度で、
見違えるほどプレー環境を改善することができるでしょう。
長い制作時間を無駄にしないためにも、最低限のスクリプトを習得してみませんか?


■ スクリプトって“なに”をやるの?

同人ノベルADVジャンルにおけるスクリプト担当者は基本的に次の作業を行います。

1.プレー環境周りの構築
2.シナリオを彩る演出
3.テストプレー
4.リリース作業
5.ユーザーサポート対応

スクリプト担当者は忙しい時期と暇な時期がはっきりしている役職です。
はじめはシステム周りの構築(上で言う1番)という作業がありますが、
中盤戦はシナリオやCG・音楽などの素材をひたすら待つことになります。
そして、素材が出そろった最終盤ではかなりの忙しさを体感することになるでしょう。

プレス納期やイベント合わせなど、〆切がはっきりしている場合には、
自分の作業速度から逆算して、シナリオCG音楽素材のデッドラインを
必ずサークルのメンバーさんに提示しておきましょう。
素材を一気に渡されてその日のうちに終わらせることはそれが短編でも難しいものです。
ましてや中編以上では言わずもがな。凝った仕様の作品である場合にも不可能ですね。

また、自分が利用するスクリプトエンジンの機能・特徴をしっかり把握しておくことが重要です。
本家エンジン更新情報もそうですが、エンジン界隈の話題なども追いかけておきましょう。
これを心がけておくことは、特にユーザーサポートにおいて大きく役に立つでしょう。

以下それぞれの作業について簡単に触れてみます。

1.プレー環境周りの構築

基本的なインターフェイスデザインの反映(ウィンドウ周りのボタン類の配置)
ボタン類の機能割り当て、キーボードマウス操作割り当て、
セーブロード・コンフィグ・バックログ画面、ボイスの再再生、独自の機能、等々。
NScripter界隈では俗に「システムカスタマイズ」と呼ばれる作業になります。
さらにタイトルメニューやCGモード音楽モード、その他オマケなども必要ですね。

(個人的にはこれらをシステムスクリプトと呼んでいます)

ここで手を抜いてしまうと、仮に作品の質が高かったとしても、
いわゆる積みゲーになってしまう可能性が上がってしまいます。
ユーザーさんをもてなす気持ちをもって丁寧に組み上げましょう。

マウスホイールで読み進められない作品は最近では不親切ですね。
またボイスがあるのにバックログからは再生出来ないのも不親切です。
これらのように、まずはデフォルトでは物足りない部分の補強から始めるのがよいでしょう。

必要となってくる機能周りは色々な作品からリサーチを行う必要があります。
地味に積み重ねの激しいジャンルですから、出来るだけ最近の作品か、
評判のよい商業作品の体験版を片っ端からメモ紙片手にプレーしてみましょう。
大抵の機能アイデアはNScripter上で再現することが可能です。

また、インターフェイスの配置・配色・意匠は非常に重要な問題です。
主要人物の立ち絵以上に常時表示される「顔」になるため作品の雰囲気が決定してしまいます。
それがチープであればチープな完成度にしかなりえません。
部品数と配置についてはフィッツの法則やヒックの法則をまず押さえておく必要がありますし、
配色・意匠についてもそれが作品に合っているか、価値を高めているか検討する必要があります。
これらインターフェイスについては最終的にそれを組み込むのがスクリプト担当者であるために、
スクリプト担当者にデザインを押しつけてしまうサークルさんもあるようですが、
作品価値を大きく左右しますので、デザイン技能が最も高いメンバーに一任すべきでしょう。

2.シナリオを彩る演出

シナリオの流し込み、クリック待ち命令の挿入、セリフ発言者名のタグ挿入、
そしてテキストを彩る各種演出……
  立ち絵表示(位置・表情・動作)、
  BGM・環境音挿入、効果音挿入、カットイン動作、
  イベントスチル表示、ウェイトによる間の挿入、
  場面切り替えやシーンにおける幕間の演出
等々がこれにあたります。

(個人的にはこれらをシナリオスクリプトと呼んでいます)

ライターさんのテキストにある指示に合わせて演出を書いていったり、
スクリプト担当者個人の判断で演出を考えて表現したりします。
単発の命令文が多いので、ライターさん自身が書かれるケースもあるようです。
その場合、ライターさんにとって難しい部分はコメント行に「〜〜な感じで演出」と書いてもらえば
あとはスクリプト担当者側でパパッと再現してしまえばよいですね。

全画面ノベルの場合は必要ないのですが、下四行などのADV形式の場合、
発言者名のタグ入れだけは必ずシナリオライターさんに記述してもらいましょう。
まずは企画の段階で、遅くとも執筆に入る前に文法を打ち合わせる必要があります。
途中参加した作品での経験ですが、約1MBの量に文脈から想像して名前を打ち込む作業は地獄でした。

全画面ノベル作品で顕著ですが、クリック待ちのタイミングにも経験が必要です。
改ページのタイミングによってテキストに勢いを生むことができます。
改行による間の開け方でもそれぞれ独特のテンポを生み出すことができます。
ここに関して意見が分かれる場合にはシナリオライターさんのセンスに合わせましょう。

BGM・環境音の選択や挿入タイミングもそうですが、
効果音のタイミングについても作曲担当者さんのセンスは非常に参考になります。
音周りで迷った際は教えてもらいましょう。全体のデバッグ時も意見を聞けると大きいです。
また、効果音は作品の雰囲気や臨場感を分かりやすく高めてくれる必須のものです。
絶対に効果音について軽視しないようにしましょう。完成度が天地差です。

立ち絵演出についても様々な作品からリサーチを行う必要があります。
例えば表示切り替えの時間なども最近は昔と比べて明らかに短くなっていますね。
「間」の演出は一歩間違えれば苦痛になりますので慣習に合わせましょう。
動作についても同様です。様々な動きがある作品が最近の主流です。
その動き、動きの所要時間、これらを丹念に調査し取り入れることは有益でしょう。
時間が許す限り、センスにまかせて色々な動きを組み込んでみてください。
(NScripterは三角関数が使えますから滑らかな演出を行う上で便利ですね)

3.テストプレー

私論ですが、ノベル・ADV作品においてスクリプト経験が無い方のテストプレーは
大抵がテキストの誤植探しだけになってしまうようです。
基本的にスクリプト担当者だけしかシステム周りの詳細なテストを行ってくれないと考えて、
他のメンバーさんに過度の期待を持たずに、スクリプタ自身で気を抜かずにテストしましょう。
また、もし詳細にテストしてくれる他職種メンバーさんが居た場合には深く感謝を捧げましょう。

4.リリース作業

各素材をアーカイブ化して、readme.txtを整え、
インストーラーを設定して、autorun.infを書きます。
それをディスクに焼き付けるとマスターディスクの完成です。(※必ずベリファイすること)

アーカイブ化した後には再度通しプレーと詳細なテストを行いましょう。
ディスクからインストール出来るか、それが問題なく動作するかのテストも必要です。
バグを出したままリリースすれば取り返しがつきません。
完成まで数ヶ月から数年もの時間をかけた作品を世に出すのですから極力丁寧に。

完成品でない体験版であってもスクリプト担当者にとっては同じ作業です。とにかく丁寧に行いましょう。

5.ユーザーサポート対応

誤植以外のバグの対応は全てスクリプト担当者の職分となります。
この対応には経験と知識がものを言います。
作品リリース後一年は必ず即日に返信を。最悪でも一両日中には返信するようにしましょう。

また、サポート経験から、実際の制作にフィードバックすることもよくあります。
例えばNスクではmp3形式のBGMを使うとマシン環境によって不具合がある、などの発見もあります。
(私はこの件のサポート以降完全にoggに切り替えました)
出してしまったバグは真摯に対応して、次の作品制作に活かしましょう。


■ さいごに

スクリプト担当者の最大の特権は一番はじめに完成品に触れられることです。
最後の最後に修羅場があり、そして誰よりも最初に完成の喜びが味わえる。
そのギャップの意味でも一番オイシイ役職かもしれませんね。

みなさん、ぜひ良い作品を作ってください!
いちノベルゲーマーとして明日の名作と出会えることを楽しみにしています。